京都・下鴨神社を奉拝し、玉依媛命様より賜りました御神託です。
自らの大願を思い出し、情熱をもって未来の礎となることの大切さを紐解いてまいります。
玉依媛命の御神託
礎か 犠牲か
大願成し遂げるとき
腹破るほどの熱あらば礎となる
浅い口乗るは犠牲なり
世に残したいものは何か
己の大願は何か
目を覚ませ
紐解き
なぜ、玉依媛命様は、「礎となるのか、犠牲となるのか」そう問いかけられたのでしょうか。
この御神託に込められた意味を、紐解いてまいります。
私たちは何かを成し遂げようとするとき、周りの意見や評価に心を揺らされることがあります。
「そんなことをしても無理だよ」「こっちのほうが楽だよ」
そうした言葉に流されていくうちに、いつしか自分が本当に進みたかった道を見失ってしまうことがあります。
「浅い口乗るは犠牲なり」とは、人の言葉に自分を委ねてしまえば、自らの想いを失い、誰かの都合に振り回されることになる、ということです。
一方で、大願を成し遂げようとするなら、必要なのは「腹破るほどの熱」。
それは、腹の底から湧き上がるほどの強い情熱です。
仕事でも、家庭でも、地域でも、「これを守りたい」「これを成し遂げたい」という強い思いを持ち、力を尽くす。
その思いと行動が、やがて人や未来を支える「礎」となっていくのです。
礎となることは、自分を犠牲にすることではありません。
何を守り、何を残していくのかを自ら定め、そのために力を尽くすことです。
だからこそ、玉依媛命様は問いかけておられるのでしょう。
あなたが、世に残したいものは何ですか。
目先の願いだけではなく、あなたが人生を通して成し遂げたい「大願」は何ですか。
そして最後に告げられた、「目を覚ませ」。
周りに流されることなく、自分の中に眠る大願を思い出す。
腹の底から湧き上がる情熱を力に変え、その道を進む。
この御神託を心に留め、自らの信念を胸に、まっすぐ歩んでまいりましょう。


