愛知県一宮市に鎮座する籠守勝手神社(こもりかってじんじゃ)。
御祭神には、瀬織津比咩命(せおりつひめのみこと)と淀比咩命(よどひめのみこと)がお祀りされています。
瀬織津比咩命は大祓詞にも登場し、人々の罪や穢れを祓い清め、川から大海原へと流し去る神様として伝えられています。また、古事記、日本書紀に御名が見られないことから、封印された女神とも語られる神秘に包まれた神様です。
このたび籠守勝手神社を奉拝し、瀬織津比咩命様より、自らの意思で道を決め、闇に囚われることなく、目の前にある光の道を見極めて進むことについて、御神託を賜りました。
今、進むべき道に迷っている方へ。
この御言葉が、皆さまの一歩を照らす光となりましたら幸いです。
瀬織津比咩命の御神託
道を決めよ
己が意思に従い進め
歩んだ後に道はある
其方の歩む前にも道はある
よく見よ
闇に囚われてはならぬ
光の差す道が其方の前にある
さあ進みなさい
紐解き
なぜ、瀬織津比咩命様は、自ら道を決め、進むよう伝えられたのでしょうか。
この御神託に込められた意味を、紐解いてまいります。
私たちは迷いや不安が大きくなると、「どうすればよいのか」と、人や神様に答えを求めたくなります。
人に相談することは、決して悪いことではありません。
しかし、多くの人に聞きすぎると、さまざまな意見に振り回され、自分が本当はどうしたいのか、分からなくなってしまいます。
大切なのは、まず心を落ち着かせ、今の状況と自分の思いをよく見つめることです。
人の言葉は、道を選ぶための一つの助言として受け止める。
そして最後は、自分の意思で道を決め、自分の足で進まなければなりません。
「歩んだ後に道はある」とは、自分が歩んできた軌跡が、振り返った時に人生の道となるということです。
けれども、その道は歩いた後にだけできるものではありません。
今、自分の前にも、進むべき道は示されています。
ただし、光の道が、いつも楽で優しい道とは限りません。
反対に、闇の道は、甘い言葉や簡単な方法で、心地よく誘ってくることがあります。
楽だから、苦労しなくてよいからという理由だけで選ぶと、大切なものを見失ってしまうかもしれません。
たとえ道を間違えたとしても、立ち止まり、引き返し、別の道へ進めばよいのです。
失敗や回り道も、人生に必要な経験となり、私たちを強くしてくれます。
だからこそ、この御神託は、間違うことを恐れて立ち止まるのではなく、自分の心で道を見極め、自分の意思で一歩を踏み出しなさいと伝えています。
闇に心を奪われることなく、自らの前にある光の道を見極め、恐れず進んでまいりましょう。


