皆さまから寄せられたご質問を天の神様にお尋ねしました。
ご質問
Q.人は神様に生かせてもらえていると考えですが、人が人を殺める犯罪や戦争は魂の成長をさせない愚かな行為をする人もいる。
神罰にてそのような行為や発言をする愚かな者を裁いて頂き犯罪や戦争がやまないのは何故ですか?
天の神のお答え
神の第一声は、「人間は自らを崇高な生き物であると、本当に考えているのか」というものでした。
魂には終わりがなく、流れがあります。
過去に生きた記憶、そこで解消されなかった想い、罪、執着。
それらは過去生から次の生へと引き継がれ、再び人の営みの中で表れてきます。
そのため、争いは形を変えながらも、完全に途切れることはありません。
人という存在は、光だけでできているわけではありません。
誘惑に惹かれ、堕落に流されやすい性質を持っています。
神が最初の魂へと与えた教えや心は、時を経るごとに薄れていっています。
そして、その教えを忘れた者たちは、やがて神の意志を顧みず、暴走し始める。
それはどの時代においても、必ず繰り返されてきたことです。
神罰の対象は、特定の誰かではなく、常に全人類です。
悪しき心が満ちた場所には、それに応じた大きな裁きがもたらされる。
それが「神罰」として、人には映るのです。
しかし、すべての狂いを一度に断ち切ることはできません。
なぜなら、その性質は人から人へと連なり、形を変えて存在し続けるからです。
そして何より、神は人の自主性を奪いません。
人の営みのすべてに介入することもありません。
戦争や争いがやまないのは、神罰が足りないからではありません。
どれほどの試練が与えられようとも、そこから学ばず、なおも悪しき心を選ぶ者が現れ続けるためです。
それは国と国の争いに限らず、家庭の中に生まれる小さな争いにおいても、同じことが言えるのです
だからこそ、あなたがどの心を選ぶかが、すべての始まりとなるのです。



